鉄のフライパンを探しているとこんな謳い文句の商品を見かけます。
"窒化鉄を使っているからお手入れ簡単!"
"丈夫な窒化鉄を使っているから長持ち!"
いいね!と感じる一方、こうも思うでしょう。
窒化鉄ってなに?
どんなメリット・デメリットがあるの?
今回は窒化鉄フライパンのメリット・デメリットについてご紹介します。
またネット上には窒化鉄に関する誤情報が散見されますので、その点にも切り込もうかと。
10年以上鉄鋼メーカーに勤め、鉄を熟知する筆者が理論的にわかりやすく説明します。
また理論だけでなく、窒化鉄フライパン、普通の鉄フライパンの両方を使っているからこそわかる実際の使用感も随所に盛り込みました。
この記事を読めば窒化鉄フライパンへの理解が深まりますので、安心して買い物ができるようになります。ぜひ最後までご覧ください。
筆者が使っている窒化鉄フライパンの詳細はこちら
- 窒化鉄フライパンの基礎知識
- 窒化鉄フライパンのメリット・デメリット
- 窒化鉄フライパンに関するよくある誤解とその真相
なお窒化鉄フライパンのジャンル別のおすすめ紹介記事も作成していますので、購入検討にお役立てください。
窒化鉄の特徴
窒化鉄フライパンのメリット、デメリットを語る前に、まず窒化鉄の特徴を知る必要があります。
特徴がメリット、デメリットに直結しますからね。
順を追って説明します。
窒化鉄とは
窒化鉄は表面に窒化層が形成された鉄です。
窒化層の形成はアンモニアガス中に鉄を入れる方法が主流です。
アンモニアガスに含まれる窒素を取り出し、鉄に流入(拡散)させます。
図の通り、鉄と窒素が反応し窒化層が形成されるイメージです。
窒化鉄の特徴
窒化鉄の特徴は以下の通り。
この特徴がメリット・デメリットに繋がります。
- めっちゃ硬い
- サビに強い
- 値段が高い
マニアックな内容も含まれますが、極力わかりやすく説明します。
手っ取り早くメリット・デメリットやよくある誤解が見たい方は以下ボタンでスキップしてください。
めっちゃ硬い
窒化鉄は一般の鉄に比べて最大5倍ほど硬いです。
硬くなる理由は窒素による固溶強化です。
「は?」となりますよね。
簡単にいうと、変形の原因となる原子中の欠陥部の動きを窒素が抑えることで硬くなります。
基本的に原子は規則性をもって並んでいますが、部分的に欠陥があります。
力が加わると欠陥部がその方向に動くことで原子の配列が乱れ、最終的に変形します(左図)。
窒素を添加すると窒素が欠陥部の動きを抑えてくれるので、変形しにくくなるわけです(右図)。
さびに強い
窒化鉄は一般の鉄に比べてさびに強いです。
さびに強くなる理由は、諸説ありますが明らかにはなっていません。
ただ過去からの数々の実験結果より、その効果は立証されています。
一例として(株)極東窒化研究所による実験をご紹介します。
赤枠部をご覧ください。
未処理の鉄(最左列)、窒化処理をした鉄(左から2列目)に塩水を噴射し、さびの様子を観察。
結果は一目瞭然で、窒化鉄はほとんどさびていないことがわかります。
このように窒素添加で一気にサビに強くなります。
値段が高い
窒化鉄は一般の鉄に比べて高いです。
理由は以下の通り。
- 窒化処理をするため(生産性もよくない)
- 窒化処理の素材となる鉄が高い
窒化処理をするため(生産性もよくない)
窒化鉄は窒化処理をする分高くなります。
これは想像に難くないと思います。
また窒化処理の生産性がよくないことも値段の高さに繋がっています。
装置や処理方法にもよりますが、主流のガス窒化では50–150時間かかるのが一般的です。
窒化処理の素材となる鉄が高い
どんな鉄でも窒化処理による効果は出ますが、より効果を高めるために窒化処理の素材となる鉄には通常より多くの元素が添加されています。
簡単にいうと調味料を多く使う分、高くなるイメージです。
ただ調味料といっても、鉄に添加される元素の価格は砂糖や塩のようにはいきません。
ざっくり1.5-2倍ほど普通の鉄より高くなります。
窒化鉄フライパンのデメリット
以上の特徴を踏まえて、窒化鉄フライパンのメリット・デメリットをご紹介していきます。
それではまずデメリットから
これだけです。
他のサイトでは値段以外にもデメリットが挙げられていますが、多くは誤解です。
その点については次項で説明します。
値段が高い
窒化鉄フライパンは普通の鉄フライパンよりも高いです。
前述した通り、素材となる窒化鉄が普通の鉄より高く、また高くなる明確な理由があるのでこれは致し方ありません。
具体的にどれくらい高いの?
種類 | 調査ブランド数 | 調査商品 | 平均価格 |
---|---|---|---|
窒化鉄のフライパン | 8 | 14 | 5,700円 |
一般の鉄フライパン | 20 | 29 | 2,700円 |
調査の結果、約2倍ほど高いことがわかりました。
価格だけ見ると「うっ…」とためらいますよね。
しかし、窒化鉄のフライパンには高い分メリットも多いです(後述)。
そのメリットが価格以上と感じるなら問題なし。
もう少し数字で具体的に考えます。
- 一般の鉄フライパンとの価格差は3,000円(上表より)
- 30年間使うとすると、価格差は年額100円
- 3日に一回使うなら価格差は1回あたり約1円
つまり、長い目で見ると1円以上の価値を感じるなら価格は問題ではないということです。
窒化鉄フライパンへのよくある誤解
以下が窒化鉄フライパンのデメリットとして紹介されていることがあります。
しかし、その多くは完全なる誤解です。
- 硬いものにぶつけるとひびや傷ができる
- ひびや傷から腐食する可能性がある(孔食がおきる)
- 鉄分が摂取できない
それぞれ解説します。
【誤解】硬いものにぶつけるとひびや傷ができる
"窒化鉄フライパンは硬いキッチンツールで叩いたり、硬いものに強くぶつけるとひびや傷が入る"
具体的にこのように紹介されていますが誤りです。
窒化鉄は傷に強いし、キッチンツールで叩いて割れるなんてまずあり得ません。
もう少し詳細に説明します。
窒化鉄フライパンは最も傷がつきにくいフライパン
当然ながら、硬いものほど傷はつきにくいです。
上述のとおり窒化鉄フライパンは超硬く、なんならフライパンの中で最も硬いのが窒化鉄フライパンです。
なので、窒化鉄フライパンに対して傷の入りやすさを心配するのはお門違いなわけです。
2年半使ってますがもちろん無傷です
窒化鉄フライパンは日常遣いでは割れない
ひびが入るとの指摘は、窒化鉄の脆さを心配しているのだと思います。
窒化鉄は硬いんでしょ?なのに脆いの?
そうです。硬さと脆さは別物で両立します。
図の通り、粘土は柔らかい一方で落としても割れませんが、焼き上げてお皿にすると硬くはなる一方割れやすくなります。
窒化処理によって窒化鉄でも同じことが起こります。
ただ、最も脆い部類の窒化鉄でもキッチンツールでひびが入るほどではないです。
窒化鉄フライパンを割れるのはプロ野球選手くらい
ではどの程度の衝撃で割れるのか?
重いキッチンツールの代表格であるお玉で叩いた場合で考えてみました。
結果、時速約140km/hほどで叩く必要が有ることがわかりました(計算前提は下記囲いを参照)。
プロ野球選手並みの馬力が必要だし、そもそもそんなことしませんよね。
したがって、日常遣いで割れる心配はしなくてOKです。
- 無印のステンレス製のお玉(110g)を使用
- 窒化鉄の試料は出典のP45表3の”窒化層あるもの”のA, B(Cは特殊なので除外)
出典:鉄鋼の諸性質におよぼす窒素の影響(今井 勇之進) - シャルピー衝撃試験値を基に単純計算
【誤解】ひびや傷から腐食する可能性がある(孔食がおきる)
これは窒化鉄フライパンに限った話ではない点で誤解です。
孔食を含め、ひびや傷から腐食する可能性は金属製品のほとんどにいえることです。
窒化鉄だから腐食するわけではないのでご安心ください。
孔食はどんな鉄フライパンでも起きる(ただしレアケース)
孔食とは局所的に腐食が進行したもので、ピンホール状に発生します。
リバーライト社の記事を見て窒化鉄フライパンがとりわけ孔食が起きやすいと思われている方がいますがこれも誤り。
その発生メカニズム(長くなるので割愛)上、孔食はどんな鉄フライパンでも発生します。
ただリバーライト社も記事で述べているとおり、普通に使っていれば孔食は発生しないので過度な心配は不要です。
【誤解】鉄分が摂取できない
これも完全に誤解です。
人気商品の極JAPAN(リバーライト)には窒化鉄が使われていますが、財団法人日本食品分析センターにて鉄分の溶出が確認されています。
情報ソース:料理道具専門店フライパン倶楽部
窒化鉄フライパンのメリット
続いて窒化鉄フライパンのメリットです。
値段の高さ以上のメリットがあるかどうか、確かめてみてください。
くどいですが、メリットも一般の鉄と比較したものです。
アルミやステンレスなど他の素材と比較したものではない点、ご留意ください。
丈夫で長持ち(耐久性が高い)
硬いことによって、以下メリットが得られるため長持ちします。
- 傷がつきにくい
- 熱変形しにくい(IHユーザーにおすすめ)
傷がつきにくい
傷がつくと、その部分は食材が接地しないので焼きムラになります。
料理の美味しさに影響するなら、使いたくなくなりますよね。
また傷が深いと鉄の素地が露出し、さびる可能性が高まります。
窒化鉄フライパンは普通の鉄のフライパンより最大5倍ほど硬いので、これらの心配が少なく長く使える可能性がより高まります。
金属製のキッチンツールを傷の心配なく使えるのも嬉しい!」
熱変形しにくい(IHユーザーにおすすめ)
金属に限らず物質は温度が上がると熱膨張します。
そのため、熱ムラができると変形してしまう可能性があります。
特にIHユーザーは注意が必要です。
というのも、図の通りコンロに接地する部分だけが加熱されるIHは熱ムラができやすいんです。
実際、IHによる熱変形の事例は調べればいっぱい出てきますので、他人事と思わず真剣に考える必要があります。
その点、窒化鉄フライパンは圧倒的に硬いので熱変形に強くて安心。
IHユーザーにとって窒化鉄フライパンはおすすめと言えます。
お手入れが楽(さびにくい、空焼き不要)
特徴で記載した通り、窒化鉄のさびにくさは圧倒的なので、普通の鉄のフライパンよりもお手入れが楽です。
具体的には以下です。
- さび対策が軽減される
- 空焼き不要
詳細を解説します。
さび対策が軽減される
鉄のフライパンの最大のデメリットがさび対策が大変なこと。
例えば…
- 料理後に即洗いし、加熱して水分を飛ばす
- 使用後の油塗布 など
小さいことに思えて毎回の事なので、筆者の友人含めこの面倒さが原因で鉄のフライパンの使用をやめてしまう人は非常に多いです。
一方、窒化鉄はさびにくいのでこれらの手間がありません。
なんせ上述の通り、塩水に72時間さらしても全然さびが出ないレベルですから。
空気中の酸素はもちろんのこと、水分がついた状態でちょっと放置してもさびません。
実際、テフロンパンの感覚で使えています!
一部商品は対策が必要となっていますので、取説はしっかり確認ください
空焼き不要
窒化鉄フライパンは空焼きが不要です。
意図的かどうかにかかわらず、窒化処理をすると鉄をさびから守ってくれる酸化被膜が生成されます。
そのため、窒化鉄フライパンには空焼きが必要となるさび止めは使われていません。
空焼きはIHではできないことを考えるとIHユーザーには嬉しいですね。
食材が焦げ付きにくい
鉄のフライパン初心者にとって食材の焦げ付きはの大きな悩みの種。
肉や魚がガチっと焦げつき、洗うのに一苦労。
同じことが続き、油がなじんで使いやすくなる前に使うのを止めてしまうのも、鉄のフライパン初心者あるあるです。
窒化鉄フライパンは焦げ付きのお悩みを軽減してくれます。
窒化処理によって表面に2~3μmの凹凸ができ、この凹凸のおかげで食材がひっつきにくく、油なじみもよくなるのです。
上図の通り、凸凹によって食材との接点が減ることでひっつきにくくなります。
また凹凸に油が入り込むので、油がなじみやすくなります。
その結果、焦げ付きに悩まされることが減ります。
鉄のフライパン初心者の方には窒化鉄フライパンがおすすめです。
これはかなり違いを感じます。窒化鉄フライパンの方が油がなじむのが早いです
窒化鉄フライパンの安全性は全く問題なし
PFOAなどフッ素樹脂コーティングに使用されていた物質の有害性が認められ、使用禁止となったように、窒化鉄の安全性を心配する方もいるでしょう。
ただ窒化鉄は安心・安全な素材です。
窒化鉄は何かをコーティングして出来ているわけではありません。
上述の通り、窒素を鉄に反応させているだけです。
大気の約8割を占める窒素と体内中にもある鉄、有害なわけもないので安心してください。
窒化鉄フライパンがおすすめな人
以上の特徴、メリット・デメリットを踏まえて窒化鉄フライパンを買うべき人は以下の通りです。
- 鉄のフライパン初心者
- 長く使いたい人
- IHユーザー
- ずぼらな人
鉄のフライパン初心者
初心者の方は鉄のフライパンの扱いに慣れず、さびつかせたり焦げ付かせたりして、調理の楽しみを知る前に使うのを止めてしまいがち。
そうなることが心配なら、窒化鉄フライパンにした方がいいです。
さびつきにくく焦げ付きにくい、また丈夫で傷もつきにくいので、失敗する確率が減るはずです。
迷うなら窒化鉄フライパンを選ぶのが吉!
長く使いたい人
窒化鉄フライパンは傷がつきにくく、またさびにも強いため、丈夫で長持ちします。
したがって長く使いたい人に向いています。
IHユーザー
窒化鉄フライパンを使うことで、空焼き、熱変形といったIHならではの心配が減ります。
そのためIHユーザーにおすすめです。
ずぼらな人
窒化鉄フライパンは丈夫なため、多少雑に扱っても問題がありません。
また、さび対策も少なくて済むのもずぼらな人には嬉しいポイントです。
【まとめ】窒化鉄フライパンは鉄フライパンの上位互換
窒化鉄フライパンは値段が少し高いだけで性能面ではメリットだらけの上位互換の存在です。
初心者の方を筆頭に、鉄のフライパン選びで失敗したくないなら窒化鉄フライパンを買うことをオススメします。
どれが窒化鉄フライパンかわからない…
そんな方に窒化鉄フライパンのジャンル別のおすすめ商品をまとめた記事を作成している、ぜひ合わせてご覧ください。
また、お手入れ完全不要の最強の窒化鉄フライパンであるダクタイルパンの紹介記事もあるので、ぜひ合わせてご覧ください。
コメント
コメント一覧 (2件)
はじめまして。
蓄熱量の高い厚手の鉄パンを購入検討していて”窒化”というものを知り、こちらへ辿り着きました。
わかりやすくて非常にためになりました。
ありがとうございます。
山田工業所中華鍋ユーザー様
嬉しいお言葉ありがとうございます。
正確にわかりやすくをモットーに引き続き情報提供してまいります。