一生涯使える鉄のフライパンですが、お手入れに悩む方は多いです。
実際、Googleで「鉄 フライパン」と打つと、検索候補の上位に「手入れ」が出てきます。
ただ、実際に調べてみてこんな経験ありませんか?
- サイトによって言ってることがバラバラ
- やり方だけでなぜそうするかが書いてない
- 腑に落ちないまま見真似でやった結果、焦げ付いたりさびたりする
私もいくつか見ましたが、たしかにバラバラ。
特に理論を説明してるサイトは圧倒的に少ない印象です。
鉄のフライパンのお手入れをうまくするには鉄の特性を知る必要があります。
それを知らずにいると、きっとどこかでつまずくでしょう。
逆に、特性を知れば簡単に、長く使い続けられます。
私は鉄鋼メーカーに10年以上勤務し、日夜鉄について学び続けてきました。
鉄の特性については一般の方よりもずっと詳しいつもりです。
そこで今回は本業の知識を活かし、鉄のフライパンの正しいお手入れ方法を理論的にご紹介します。
この記事を読めば以下がわかります。
少し長いですが鉄のフライパンを長く、使い勝手よくするためにぜひ最後まで読んでいってください。
鉄のフライパンに必要なお手入れ
鉄のフライパンを使うにあたって必要なお手入れと目的の概要は以下の通りです。
それぞれの工程の詳細な目的や方法は後述しますので、まずは全体像を確認してもらえればと思います。
- 空焼き
さび止め塗装の除去
- 油ならし
さび防止、食材のこびりつき防止
- 油返し
食材のくっつき防止
- 洗浄
汚れの除去
なお、空焼き~油ならしまでをシーズニングと言ったりもします。
ちなみにこれらのお手入れが全く不要な鉄のフライパンも出ています。
気になる方は過去記事をご覧ください。
各お手入れのやり方
空焼き~洗浄までの各作業を簡単に紹介します。
とにかくやり方だけ見たい!という方はこちらをご覧ください。
各作業の理論や、やり方のポイントなどの詳細を知りたい方は各作業の詳細説明をご覧ください。
空焼きのやり方
①縁も含め、全体を煙が立たなくなるまで加熱する
(煙がサビ止めが焼けているサイン)
②全体が少し青黒くマットになったら火を止めて冷ます
③洗剤でさび止めを洗い流す
④再度加熱して水を飛ばしたら完了
油ならしのやり方
①200℃以上に加熱し水分を飛ばしたら火を切る
②乾性油を多めに入れ、キッチンペーパーを使いながら全体に塗布する(今回はぶどう種子油を使用)
③火をつけ、油の臨界温度以下で5分ほど加熱する
④余分な油はオイルポットなどに移し、油を薄く均一に塗る。油が乾くまで12時間ほど放置する
⑤ ②~④を3回繰り返す
(②の裏面への油の塗布は省略OK)
油返しのやり方
①200℃以上に加熱し水分を飛ばす
②油を入れて全体に回す(臨界温度に注意)
③余分な油をオイルポットなどの別容器に移す
④普通に調理する
洗浄のやり方
①タワシなどでお湯洗いする(洗剤不使用が基本)
①’ 汚れやにおいが気になる場合は洗剤を使って洗う
②水分を飛ばして乾かす
③必要に応じて乾性油を塗布する
各お手入れの理論とやり方の詳細説明
ここから各作業の目的やなぜそうするのか?の理論について説明していきます。
他のサイトにはなかなか書いてない内容が盛りだくさんですのでぜひご覧ください。
空焼きの理論
空焼きは新品の鉄のフライパンを購入した際、多くの場合で必要になる工程です。
ここから目的と具体的な方法を述べていきます。
空焼きの目的
空焼きの目的は以下です。
- さび止め塗装の除去
詳細は後述します。
ちなみに、よく「黒さびの生成」も目的に挙げられますが、家庭で作れる黒さびは程度が知れているので期待しないほうがいいです(こちらも後述)。
さび止め塗装の除去
新品の鉄のフライパンに施されているさび止めの除去が空焼きの目的です。
鉄は酸素や水分に触れると酸化反応を起こし、さびが発生します。
新品の鉄のフライパンには、輸送や陳列の間にそれらが触れてさびが発生しないようにさび止め塗装が施されています。
使用前にこのさび止めの除去が必要なわけです。
さび止めは洗うだけでは取れないの?
さび止めは200℃程度の高温で焼付塗装されているため、手洗いでは取れません。
そのため同程度の温度まで加熱して塗装自体を焼き切る必要があります。
黒さびの生成は家庭では難しい
空焼きの目的の一つにさび防止のための「黒さびの生成」が紹介されていることがあります。
しかし、家庭のコンロで本格的に黒さびを作るのは困難です。
黒さび生成のためには600℃近くまでフライパンを加熱する必要があるからです。
家庭で加熱できる温度はせいぜい300℃まで。
その温度でも黒さびはできますが、非常に薄くしか出来ません。
そもそも黒さびのさび防止効果は非常に限定的ですので、油ならしでしっかりさび防止しましょう。
<参考>黒さびは鉄の守り神
黒さびってなに?と思った人に向けて説明します。
黒さびは鉄の表面に生成される酸化被膜です。
「?」ですよね。もう少し説明します。
さびには2種類あります。
一般的な赤さびともう一つが黒さびです。
赤さび:腐食を促進する悪性さび。自然状態で発生
黒さび:さびから守ってくれる良性さび。高温加熱後の冷却過程で発生
さびといえば一般的に赤さびをイメージすると思います。
赤さびは金属を腐食させるため、鉄のフライパンの大敵です。
一方、黒さびは図の通り酸素や水分といったさびの発生源から鉄を守ってくれます。
さびがさびの発生を防いでくれるの!?
まさにその通りです。
ただ上述の通り、黒さびの防さび効果は限定的。
実際、鉄鋼製品の製造でも、本格的にさびの防止が必要な場合は黒さびを除去したうえで油を塗布したり、メッキを塗装したりします。
なので、黒さびに頼るのではなく油ならしで油膜をしっかり作ってさび防止をしていきましょう!
空焼きのやり方の詳細説明
ここから空焼きの具体的なやり方をご紹介します。
今回はパール金属の鉄職人24cmを使います。
空焼きをする際の注意点
作業を始める前に以下に注意してください。
- 換気をよくする
- Siセンサー搭載のコンロの場合、センサーを解除するかカセットコンロを使う
さび止めを焼くと煙と独特の匂いが出ますので、換気扇を回す、窓を開けるなどしてしっかり換気してください。
2点目はマストではありません。
が、Siセンサーがあるとかなり時間がかかります。
高温になるとセンサーが働いて弱火になるので。
センサーの解除はたいていはできないので、カセットコンロを使うのが無難です。
加熱してさび止めを焼き切る
新品はさび止め効果でこのようにツヤがあります。
このツヤをなくすイメージで空焼きします。
まずフライパンを煙が出るまで加熱していきます。
煙がさび止めが焼けているサインです。
焼き面だけでなく写真の通り、縁も全てしっかりと焼き切ります。
写真の通り全体が若干青黒くなり、光沢が取れてマットになったら火を止めて5分ほど少し冷まします。
さび止めを洗って流す
さび止めを焼き切ったら、さび止めを洗剤で洗い流します。
再加熱して水分を完全に飛ばす
さび止めを洗い流したら、水分を飛ばします。
この時しっかり水分を飛ばすために200℃以上まで温度を上げます(理由は後述)。
これで空焼きは終了です。
油ならしの理論
油ならしは鉄のフライパンの使いやすさを左右する重要な作業。
しかしネット上には様々なやり方が溢れており、多くの方が何が正解なのか迷う工程だと思います。
そんな迷いにバシっと理論的に答えます。
方法論ではなく「どうなればよいのか?」が理解できれば、自ずと正解が見えてきます。
詳しく解説していきます。
油ならしの目的
油ならしはフライパンの表面に油膜をコーティングする作業です。
目的は以下の通り。
- さびの防止
- こびりつき、焦げ付きの防止
詳細を後述します。
さびの防止
油膜のコーティングによって、さびを防止します。
水と油が交わらない性質を活かして、さびの防止力を高めるわけです。
こんな感じで油膜を表面にコーティングさせることで、鉄を酸素や水分から強力に保護します。
こびりつき、焦げ付きの防止
これは想像に難くないと思います。
さびの防止に加えて、油のコーティングで食材がこびりつきにくくなります。
油コーティングが潤滑油の役割を果たすわけです。
<参考>こびりつきの原因はタンパク質の熱変性
なんで鉄のフライパンに食材がこびりつくんだろう…
まず全ての食材がこびりつくわけではありません。
こびりつくのは主に肉や魚などのタンパク質です。
タンパク質は水分を介して物体に吸着する性質があります。
常温でも吸着しますが、50℃~80℃の温度域でタンパク質の熱変性によって物体により吸着します。
この吸着を油のコーティングで低減するわけです。
鉄のフライパンは使用前に十分予熱した方がいいというけどこれに関係ある?
関係あります。
100℃以上になるとタンパク質が硬化することで吸着しにくくなるためです。
なので、鉄のフライパンを使用する前にはしっかり予熱してください。
油膜は酸化することで形成される
油膜が必要なのはわかったけど、どうやって作るの?
油を加熱して酸化を促し、フライパンの表面に固化させる
これが油膜の作り方となります。
油は酸化することで固化する性質があり、これを利用するわけです。
ただ油の種類によって、固化するものとしないものがあります。
次の項で詳しく解説します。
油ならしで使うべき油は乾性油
結論を先に言うと、乾性油が適しています。
一方でその他の半乾性油、不乾性油は不適です。
理由は後述します。
それぞれの種類の一例をまとめましたので参考にしてください。
乾性油 | 半乾性油 | 不乾性油 |
---|---|---|
大豆油 | コメヌカ油 | オリーブオイル |
ヒマワリ油 | 菜種油 | ヤシ油 |
ぶどう種子油 | ゴマ油 | ツバキ油 |
あまに油 | コーン油 | ピーナッツ油 |
えごま油 | 米油 | ホオバオイル |
乾性油の中でおすすめはどれ?
入手性の高さと値段でいえばぶどう種子油、大豆油です。
大手メーカーの日清オイリオ(ぶどう種子油)、Jオイルミルズ(大豆油)が発売しているので、スーパーでお手軽に買えます。
一方作業の手軽さならアマニ油とえごま油です。
両者はヨウ素価(後述)が非常に高いため、低い温度(50~70℃)で酸化させることができるからです。
スーパーでも簡単に買えますが、値段が高いのがネックです。
乾性油を使うのはコーティングしやすいから
乾性油を使う理由は、固化(酸化)しやすくコーティングしやすいからです。
乾性油は字のごとく乾きやすい性質があります。
逆に不乾性油は乾きにくいわけです(半乾性油はその中間)。
コーティングにあたっては、しっかり乾いて素材の表面に安定した状態でいてもらう必要があります。
そのため乾性油が油ならしに適しているわけです。
コーティング(乾きやすさ)の鍵はヨウ素価
ではなぜ乾性油は固化(酸化)しやすいのか?
答えはヨウ素価が高いからです。
上述の通り、油は酸化することで固化するわけですが、ヨウ素価の高さと酸化のしやすさは比例関係にあります。
ヨウ素価が高ければ高いほど酸化しやすい、つまり固化しやすいわけです。
<参考>そもそもヨウ素価とは?
ヨウ素価は脂肪酸の不飽和結合(二重結合)の程度を表しています。
そして油の酸化は二重結合が空気中の酸素・熱などと反応することによって起こります。
そのためヨウ素価が高い、つまり二重結合が多いほど酸化がしやすいわけです。
酸化させすぎはNG
油ならしでは酸化(固化)を促進するために油を加熱します。
しかし、加熱しぎると人体に有害な物質(トランス脂肪酸など)が生成されてしまいます。
この有害物質が発生し始める温度を臨界温度といいます。
油ならしの際はこの臨界温度に注意します。
(油ごとの臨界温度はこちらのサイトをご参照)
温度計なんてないよ・・・
あまり厳密に考えなくても大丈夫です。
熱し過ぎるとダメなだけで、温度が上がるにつれて酸化はしっかり促進されます。
アマニ油、えごま油のような臨界温度が100度以下と極端に低い油を除けば、100℃を目安にすればOKです。
なお、写真のようにフライパンの表面に手を当てた時の熱の感じ方がざっくりした目安にはなるので参考にしてください。
100~120℃ | ほんのり温かい |
150~180℃ | 少し熱く感じる |
200℃以上 | かなり熱く、手を引っ込めたくなる |
くず野菜炒めはマストではない
油ならしの最後にくず野菜を炒めることが推奨されています。
これには2つの目的があり、ベターですがマストではありません。
- 鉄臭さの低減
- 油膜コーティングの時短
理由は後述します。
より詳しく解説した以下記事もぜひご参照ください。
鉄臭さの低減
新品の鉄のフライパンにある鉄臭さを除去することが目的の一つです。
ただ大抵の場合、油ならしをする前に一度洗剤で洗うタイミングがあります。
実際、上述の通り空焼き後には洗剤で洗います。
(空焼き不要のものも油ならし前に洗うことが多い)
その段階で鉄臭さはだいぶ取れているはずです。
それでも気になる方はくず野菜炒めをしましょう。
油膜コーティングの時短
くず野菜炒めは野菜に含まれる水分を利用して、油の酸化を促進させることも目的の一つです。
つまり、くず野菜炒めは油膜コーティングの時短に繋がります。
ただ、油の加熱のみでも十分酸化は進みますので、やはりマストではありません。
油ならしのやり方
ここから具体的な油ならしのやり方を紹介します。
今回は日清オイリオのグレープシードオイル(ぶどう種子油)を使います。
加熱して水分をしっかり飛ばし、少し冷ます
鉄は大気中の微量の水分にも結合します。
微量でも水分があると油ならしの効果が薄れるので、まずはしっかり水分を飛ばします。
この水分は分子レベルで鉄と結合しているため、200℃以上の高温に加熱しなければ飛びません。
したがって油ならしの前に200℃以上に加熱し、フライパン表面の水分をしっかり飛ばしてください。
その後、火を切って2~3分冷まします。
油を入れて全体に塗る
冷ましたら油を多めに入れ、全体に回します。
キッチンペーパーを使って、焼き面だけでなく縁・裏面にもしっかりと塗布します。
臨界温度以下で5分ほど加熱
臨界温度手前まで加熱します。
(今回使ったぶどう種子油の臨界温度は約150℃)
その温度を5分ほど弱火で維持し、油の酸化を促進します。
油を出し、油が固化するまで放置
加熱が完了したら油を別容器に移します。
余分な油をキッチンペーパーで拭き、薄く均一に塗ります。
乾燥して固化するまで12時間ほど放置したら、1サイクル完了です。
油を塗る~放置までの工程をあと2回繰り返す
油を塗る~放置までの工程をあと2回繰り返したら完了です。
すなわち油膜を3層作るイメージです。
これは図の通り、油膜を重ねてこびりつきにくくすること、また強靭な油膜×3とすることで油膜が簡単に剥がれないようにすることが目的です。
めんどくさく感じるでしょうが、油膜をしっかり作れるかが使い勝手に影響しますのでがんばりましょう!
油返しの理論
油ならしが完了したらいよいよ鉄のフライパンでの調理です。
調理前に行う工程が油返しです。
なお、油が馴染んだフライパンではこの工程は必要ありません。
油返しの目的
油返しの目的は以下の通り。
- 食材のひっつき、焦げ付き防止
詳細は後述します。
食材のひっつき、焦げ付き防止
油ならしをしても油膜がしっかりコーティングされていなければ、食材はくっつきます。
その際、調理前に油返しをすれば食材がひっつきにくくなります。
油ならしをしつつも、まだ使い始めてからの期間が短い場合は油返しをする方が無難です。
油返しを繰り返すことで、油がなじんでいくメリットもあります。
油返しのやり方
まず200℃以上に加熱し、水分を完全に飛ばします。
次に油を多めに入れ、臨界温度に注意しながら油を全体に回します。
油をしっかり回せたら、余分な油を別容器に移し、あとは普通に調理するだけです。
洗浄の理論
洗う時は図の通り、タワシやスポンジでのお湯洗いが基本です。
お湯でも汚れは十分に取れること、また洗剤がせっかく作った油膜のコーティングが取れる可能性があるからです。
ただ、油ならしでしっかり固化させた油膜は簡単には取れません。
掃除の時にこびりついた油を取るのに苦労しますよね?
それと同じで馴染んだ油膜コーティングはちょっと洗っただけでは取れません。
したがって、汚れやにおいが気になるときは食器用洗剤でゴシゴシ洗ってください。
もし油膜が取れてももう一回作ればいいだけです。
洗った後はさび防止のために加熱してしっかり水分を飛ばしましょう。
その後、油膜のコーティングが不十分だなと思えば、乾性油を塗って保管してください。
さびが発生した時の対処方法
さびが発生しても慌てなくてOKです。
全く問題はありません。
対処方法は非常にシンプルです。
- さびをゴシゴシ洗って落とす
- 再度油ならしをする
家庭でできる程度のさびなら、たわしなどでゴシゴシこすれば取れます。
程度がひどければ以下試してみてください。
- 鉄のフライパンで水を沸騰させてこする
- 重曹や酢をお湯で溶かしてこする
1点目は沸騰させることでさびが浮いてきます。
2点目は、重曹は研磨効果で物理的に、酢は酸化鉄を還元することで科学的にさびを落とせます。
さびが取り、再度油ならしをすれば、問題なく使えるようになります。
まとめ
今回は以下についてご紹介してきました。
- 鉄のフライパンに必要なお手入れ
→空焼き、油ならし、油返し、洗浄 - 各お手入れのやり方
- 各お手入れの理論とやり方の詳細説明
- さびが発生した時の対処方法
説明したお手入れの中で最も重要なのは油ならしです。
油ならしの理論を知りうまく油をコーティングさせられれば、きっと鉄のフライパンは皆さんのよきパートナーとなってくれます。
面倒ですが最初だけです!がんばりましょう!
なお、最近は今回紹介した一連のお手入れが全く不要な鉄のフライパンが発売されています。
実は私自身は普段はそれを使っています。
鉄鋼業界で働く身からしてもその技術の高さが素晴らしいと感じたのと、実際扱いが超楽だからです。
気になる方は過去記事のリンクを貼っておきます。
特に鉄のフライパン選びに失敗したくない方は間違いなく候補にすべき商品ですのでぜひ一度ご覧ください。
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